伊丹市職員労働組合のブログ

伊丹市職員労働組合の活動の記録

西田亮介『ぶっちゃけ、誰が国を動かしている教えてくださいー17歳からの民主主義とメディアの授業』

統一地方選挙が近づいています。組合として、また一人の市民として、どのように「政治」と向き合うことができるのか、向き合った方がよいのかということを、選挙の度に考えています。

政治との向き合い方について、西田亮介さんの『ぶっちゃけ、誰が国を動かしている教えてくださいー17歳からの民主主義とメディアの授業』という本が参考になります。タイトルには「国」と言う言葉がありますが、地方政治にも共通することがあります。

日常生活において政治を身近なものとして感じることは少ないかもしれませんが、私たちが意識するかどうかに限らず、政治と生活は密接に関係しています。「政治や法律は自由で多様な社会における共生と合意の手段でもある」(25)と西田さんは指摘しています。政治に問題があると、この「自由で多様な社会」が揺らぐ可能性もあります。

また、西田さんは「政治的決定」についてこのように述べています。

「政治的決定」とは要するに決定過程や蓄積も含めて、極めて人間的なものなんですね。偶然や間違い、時代ごとの利益関係に降り回れされた軌跡でもあり、それを修正しようとした歴史でもあるわけですから。

そう考えてみれば、自由民主主義における政治はあくまで「皆で議論して定める」ことに価値を見出すのであって、何から何まで合理的に決定できるわけではないということです。…

必要に応じて複雑な問題の分析や行政手続きのコストの軽減のためにAIを活用するとか、専門的な知識を活用するということはあり得るんだけれども、それに民主主義や、民主主義的なものを完全に委ねてしまうということは、今後も難しいのではないでしょうか。同時に、価値に関する決定をAIに委ねてしまおうとする社会は人間自ら「人間的なもの」を手放しそうになっている社会とも言えそうです。

単なる合理的な決定の積み重ねには教訓も、価値も何もないですよね。(57-8)

このことは、政治の問題に限らず、私たち行政職員の働き方の問題とも大きく関わっています。合理化・コスト軽減ということ自体が目的化し、「皆で議論して定める」という価値を、つまりは民主主義的なもの・人間的なものを手放しそうになっている、このように感じている職員も少なくないでしょう。

もちろん、日々、政治について考えなくてはいけないということではないですが、「政治に関心を向けて投票で意思を示さないとますます政治は好き放題できてしまう」(66)状態となります。だから、「状況に応じて一定程度、政治に対して関心や批判の目を向け、投票にも行ける人は行った方がよいことは論をまたない」(67)のです。投票だけが政治参加ではないですが、「投票は政治参加の代表的機会という点で重要」(281)であり、「遠回しだが武器になる」(282)のです。さらに、西田さんはコストの観点から、政治参加について次のように指摘しています。

どこかの政党の党員になるとか、政治献金するのは、心理的ハードルが高いと思います。財布も痛みます。普通選挙が徹底されている日本では投票は当然無料です。そう考えたときに、いちばん低コストで政治に対して影響力を行使できるのはやはり選挙における投票にということになるわけです。(325)

政治は、私たちの私生活だけではなく、働き方にも大きな影響を及ぼします。また、その働き方によって、私生活のあり方も変わっていきます。政治について、常に意識しなくてはいけない社会は好ましい社会ではありませんが、「多くの人が生活のことや仕事のことなどに集中できる」「幸せな社会」(15)の土台を崩さないために、政治と向き合うことも必要になります。そして、この政治と向き合う=政治参加の一つに投票があります。私たちが築き上げてきた「価値」を手放さないために、まずは今回の統一地方選挙で政治参加の一つ、投票をしてみましょう!